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大阪高等裁判所 昭和35年(ウ)580号 決定 1960年9月22日

申立人 株式会社小畑鉄工所

被申立人 大西勝治 外四八名

主文

一、被申立人中増田富夫、後藤留雄、丸本春男、宮脇進、森山和正、藤本高雄、岡敬博、北条豊子の八名をのぞいた他の被申立人らに対する本件申立を却下する。

二、右八名の被申立人に対する本件申立を却下する。

三、申立費用は申立人の負担とする。

理由

本件申立の理由の要旨は、右当事者(ただし本件被申立人らが申請人、本件申立人が被申請人)間の労働仮処分申請事件につき原判決は、申請人らに保証を積ませることなく、

「被申請人が昭和三五年一月八日申請人らに対してなした解雇の意思表示は本案判決確定に至る迄その効力を停止する。

被申請人は申請人らに対し昭和三五年一月八日から本案判決確定に至る迄毎月二五日締切り同月末日に別紙目録記載平均賃金表に従い、前月二六日より当月二五日迄の分を仮りに支払わなければならない。

訴訟費用は被申請人の負担とする。」

とのいわゆる断行の仮処分を発令したが、(一)本件解雇は、申立会社が事業の継続に対する自信と意欲を喪失した結果、事業廃止の一環として採つた措置であつて、不当労働行為意図に出たものではない。(二)右仮処分判決が執行されると、被申立人らに権利の終局的満足を与えるに反し、申立人は回復し難い損害を受けるおそれがある。(三)申立人は被申立人らに対しそれぞれ労働基準法第二〇条にもとづく解雇手当たる三〇日分の平均賃金を支払つたほか退職金を支給しているので、さらに賃金を支払えば、二重に支払うことになるし、すでに退職金を支払つている以上、賃金を支払わなければならない緊急の状態は存在しない、というにある。

しかしながら、(一)原判決は、仮処分被申請人が仮処分申請人らに対してなした一斉解雇が事業意欲を喪失した結果ではなく、不当労働行為として無効であること、被申請人会社の経営が相当の収益を挙げ得る情況にあつて、経営不能の状況にあつたものとは到底いい得ないこと、解雇が無効であるに拘らず、被解雇者として取扱われることは、賃金生活者の著しい苦痛であり、速かに其の地位を保全させなければ回復すべからざる損害を受けることを判断したうえ、解雇の意思表示後の賃金の支払を命じているのであるから、労働仮処分と仮の地位を定める仮処分の特質に鑑みるときは、原仮処分が賃金の支払を許容したことは、仮処分の本来の目的たる権利保全の範囲を逸脱するものということはできない。さらに、仮処分判決に対して控訴審が執行の停止をなし得るためには、被保全権利および保全の必要性の存しない点につき疎明があり、その執行により債務者に回復し難い損害を与えるおそれがあることを要するものと解すべきであるが、本件においては、被保全権利の存しないことを疎明するに足るものはなく、また原判決の認定にかかる右のごとき事実関係のもとにおいて、被申立人らが解雇により賃金の支給を受けられない事態から生ずる生活上の危機に対比すれば、本件申立人が原仮処分の執行によつて招来するかも知れない財産上の損害のごときは、未だ「回復し難い損害」には当らないと解するのが相当である。(二)申立人主張の解雇予告手当および退職金については、被申立人らは、申立人から送付された解雇予告手当、退職金を受取るべきいわれがないとしながら、解雇が無効である場合の賃金の引当として、一括労働金庫へ組合名義をもつて預金をし、かつその旨を申立人に通告していることが疎明されるから、被申立人らは申立人の送付した解雇予告手当、退職金をそのまま異議なく受領したものということはできないし、解雇予告手当等がそのまま解雇の無効である場合の賃金にふりかえられる性質のものでもないから、申立人が被申立人らに解雇予告手当、退職金を送付した一事によつて、賃金の支払を命じた原仮処分の保全の必要性を阻却することにはならない。(三)原仮処分が解雇の効力の暫定的停止を許容した部分に対する執行停止の申立については、その停止を求める合理的理由はなんら見出されない。

ただし、被申立人らの中、増田富夫、後藤留雄、丸本春男、宮脇進、森山和正、藤本高雄、岡敬博、北条豊子の八名については同人らが本件仮処分申請を取り下げたことが原判決に対する控訴記録に徴し明らかであつて、すでに訴訟繋属していないから、仮処分申請事件の繋属を前提としてなされた右八名に対する本件申立は不適法といわなければならない。

以上の次第で、本件申立は右八名をのぞく被申立人らとの関係では理由がないからこれを却下し、右八名については、申立を不適法として却下することとし、申立費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 沢栄三 木下忠良 寺田治郎)

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